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2006年1月31日 (火)

豪雪地帯視察

 昨日、参議院議員同期生六名が、豪雪災害に苦しむ新潟県十日町へ日帰りで視察をしました。 この十日町は 水落議員の出身地ということでもあり、地元町長や町議会議長はじめ議員の皆さんと意見交換をし、特別交付税の増額配分や除雪費に対する特別補助についての要望を受けました。

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十日町役場で町長から被害状況の説明を受ける






 一日の最大積雪深(昨年12月14日)は1m15cmと驚異的であり、十日町の市街地では その後の降雪により 道路沿いに約3mの雪の壁が残っている状況です。

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道路沿いの雪の壁 右側は岸信夫議員















 この降雪は、市民生活に深刻な影響を及ぼし、人的被害や住家被害 また 雪崩や交通規制の報告も合わせて受けました。

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仮説住宅の屋根の上で初めての雪下ろしを体験する。
左は秋元議員

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大汗をかきちょっと一休み







 本格的な豪雪の時期(2月)が到来する前のこの状況に、十日町を含む近隣市町村では、対応に大変苦慮しているところであり、毎日毎日の雪下ろしに苦労する住民の皆さんの負担や、灯油価格の上昇による経済的負担は想像にあまりあると実感しました。

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休みの後 もう一仕事








 続いて、我々六名は単なる視察だけにとどめることなく、地元の皆さんのご苦労を少しでも共有しようと 雪下ろしのボランティア活動に参加しました。 場所は 仮設住宅の屋根の上、私も初めて経験する雪かきに 四苦八苦しながら 約1時間大汗をかきながらの雪下ろし大作戦でした。
 尚、荻原健司議員の雪下ろしの手際の良さと持続力の強さに関心したところですが、本人曰く「雪を見ると情熱がメラメラと沸いてくるんですよね」とのことでした。

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雪に対して 並々ならぬ闘志を燃やす荻原議員

 







 その後 汗を流して、新潟名物 「へぎそば」を堪能し、豪雪地帯の一部を視察した後、新幹線にて 越後湯沢から東京へと帰路につきました。

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あちら こちらで屋根の雪下ろしに精を出す住民の方々








 それにしても、この新潟地方は、中越大地震を始め、集中豪雨や豪雪による、二重・三重の災害によって疲弊しきっており、ただひたすら早期災害復旧を願い、二度と大きな災害がおこらぬよう祈るばかりです。


<参加議員>
水落敏栄・北川イッセイ・岸信夫・荻原健司・秋元司・山本順三の各参議院議員(平成16年当選組)でした。
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2006年1月29日 (日)

平成18年度愛媛県接骨師会新年祝賀会

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平成18年度愛媛県接骨師会新年祝賀会に出席し祝辞を述べさせていただきました。

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2006年1月28日 (土)

まちづくり研究会

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    地元今治の新都市構想について、講師として参加させていただきました。

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2006年1月27日 (金)

ライブドア問題

 今日の党本部での政調部会、
当初 文部科学部会・文教制度調査会合同会議に出席する予定でしたが、金融調査会・企業会計に関する小委員会において ライブドア問題が議題となっていたので 方針転換して そちらに出席しました。
 現在 衆議院予算委員会においても、このライブドア問題が、マンション耐震強度偽装事件や米からの牛肉輸入問題と同様に集中的に取り上げられ、連日 マスコミでも大きく報道されているところです。
 本日は、金融庁及び証券取引等監視委員会から審議官・総務検査課長らが出席し、ライブドアグループの不透明な企業買収の構図や証取法違反の実態・株式分割の手法等々についての説明を受けました。
 とりわけ、ライブドアマーケティング(バリュークリックジャパン)の株価推移をみると2004年11月の自社株100分割発表の前後で、3000円程度の株価が1週間あまりで一挙に80500円にも跳ね上がっている事実には驚きを禁じ得ず、ライブドア本体の株価も 株式の100分割や各社の子会社化の発表の度に乱高下する尋常にあらざる動きをしている事実に改めてびっくりしました。
 金融庁や監視委員会は、少なくとも最低限の投資者保護のために、不正に対するチェック機能を果たす体制を再構築する必要があります。
 投資者は、当然ながらリスクを避けることは出来ませんが、不正行為による異常な株価動向を見極めるプロの目が 今こそ必要な時代になっており、責任追及に対する厳しい措置と罰則・課徴金の見直しも検討しなければ と思うところです。
 また当日は、東京証券取引所の西室泰三代表取締役も出席され、東証の信頼性を失うことにもつながりかねないシステム・ダウンに対してのお詫びと、今後 日本的複雑怪奇なシステムから、国際基準に合った次世代システムの構築によるキャパシティ・アップを検討するとの 表明がありました。
 東証は、市場を正常かつ公正に運営する使命を果たさなければなりません。
 それは、投資家に対しての最低限の責務であり、株式会社となった東証自信の品質保証でもあります。
 インターネット取引による 注文件数・約定件数の大幅増加に対応できるシステムの構築はもとより、株式分割の問題点分析や情報のさらなる開示、そして 何よりも異常取引等々に対する厳しい市場監視と監視委員会との連携により、東証は、自らの信頼回復と適切な業務遂行による投資者保護に努めなければなりません。
 それにしても、このライブドア問題を扱うたびに大変わかりにくい、やっかいな時代になったものだと痛感する次第です。

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2006年1月25日 (水)

沖縄視察

 1月11日 沖縄及び北方問題に関する特別委員会派遣の一員として沖縄県に到着後 すぐに 沖縄平和記念公園を訪れ、国立沖縄戦没者墓苑に参拝 献花し、平和の礎を視察しました。

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国立沖縄戦没者墓苑に参拝・献花する
 

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「平和の礎」
  後方には各都道府県別に
  戦没者の名前が刻まれて   いる

 




 


  戦後60年 ややもすれば記憶が薄れがちになる戦後の悲惨さ、沖縄戦の激しさ そして いまもなお続く沖縄の苦しみを改めて実感すると共に、平和に向けての政治のあり方について真剣に議論していく必要性を再確認した次第です。

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「平和の火」





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愛媛県の戦没者の碑の前で


 





 午後には、沖縄県庁を訪問して、知事をはじめ 県幹部と基地問題を中心に 沖縄振興策についての意見交換をし、沖縄県キャリアセンターでは、若年層の失業率上昇問題についての概況説明を受け 夕刻 北部市町村長(12市町村)との意見交換会に臨みました。
 翌12日は 早朝からキャンプ・シュワブ(普天間飛行場代替施設建設予定地)、キャンプ・ハンセン、嘉手納飛行場、普天間飛行場等々 米軍基地を視察し 途中 沖縄科学技術大学院大学建設予定地の視察をはさみ、夕刻 経済団体代表者との意見交換会に参加しました。
 翌日 派遣委員団は久米島に渡り久米仙工場や海洋深層水研究所を視察に出かけましたが、私はAPPU海外視察のため 本体から離れ 沖縄から空路約1時間半、台北に向け飛び立ちました。
これが、沖縄視察日程の概要ですが 以下 若干のコメントをします。

 何といっても 現在の最大の問題は、米軍再編にともなう沖縄の負担軽減、特に、普天間飛行場のキャンプ・シュワブ沿岸部への移設修正案の是非についてです。

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キャンプ・シュワブより
辺野古沖合への普天間飛行場移設予定地(従来案)を望む


 


 
  
 稲嶺沖縄県知事からは、昨年10月 国・県・名護市が合意した 辺野古沖の従来案を一方的に白紙に戻し、新たな合意案(修正案)を提案したことに対し、大いなる不満が述べられ、県も地元名護市も周辺地区もすべて反対しているとの表明がありました。

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キャンプ・シュワブより
辺野古沿岸への普天間飛行場移設予定地(修正案)を望む



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従来案(沖合)と修正案(沿岸)の位置関係







 その理由として、新たな沿岸案は滑走路が辺野古の集落から700mしか離れておらず、従来案の2.2km.と比較して 住民の負担軽減という観点からは後退していること。
 また、将来的に回転翼(ヘリコプター)だけにとどまらず 固定翼(ジェット機)が離発着できるよう滑走路が延長されるのではないか という住民の不安 等々があげられます。
 いずれにしても、日米安全保障体制を含む日米同盟関係が、我が国及び東アジアの平和と安定に寄与しているという理解は 国も沖縄県も共有しているのですから、後は沖縄県の痛みも共有し、可能な範囲内での地元への情報の事前提供が極めて重要であると認識したところです。

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H.S.クラーディⅢ大佐の案内によりキャンプ・ハンセン内レンジ4を視察





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屋外射撃訓練場(キャンプ・ハンセン)





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突撃用訓練施設(キャンプ・ハンセン)







 その後、H.S.クラーディⅢ大佐の案内により、キャンプ・ハンセン内レンジ4の陸軍複合射撃訓練場を、上空を度々飛ぶジェット戦闘機や射撃訓練場での凄しい騒音の中視察し、

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道の駅「かでな」より
住宅地に50m.と隣接している嘉手納飛行場を見る

 



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4000m.級滑走路2本を有する 「嘉手納飛行場」

 


 



 住宅地に50m.と隣接している嘉手納飛行場(4000m.級滑走路2本)の偉容を 道の駅「かでな」から俯瞰し、町のど真ん中にある普天間飛行場では、JV.メディナ司令官より現況説明を受けながら、沖縄に住む人々の騒音に対する苦悩と安全に対する不安感の払拭という負担減に国民一人
一人が意を用いなければならないと改めて実感しました。

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嘉手納飛行場で訓練するヘリコプター






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嘉手納飛行場上空で訓練飛行するF-15戦闘機








 加えて、日米地位協定の抜本的な見直しについても、この際 単に沖縄県だけの問題としてではなく、日本全国の問題として捉え議論していくべきだと思います。
 また、県や北部市町村会・経済団体からは、基地問題に加え、沖縄振興策の一環として世界最高水準の科学技術の発展に寄与する国家プロジェクトである沖縄科学技術大学院大学の設置促進や若年者雇用対策の推進、また、道路・港湾・空港等々の基盤整備の充実・強化 さらに、離島・へき地における医師確保対策などについての要望を受けました。

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普天間飛行場内で
JV.メディナ司令官らと意見交換する





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普天間飛行場にて
JV.メディナ司令官より説明を受ける 地元 西銘議員及び水落議員と共に







―沖縄のもつ3つの顔―
 その1つは、青い海と白い砂浜 そして プライベートビーチをもつ南国のビーチホテルに象徴される 海洋リゾート地としての沖縄。
 2つには、米軍基地から派生する諸問題 たとえば、普天間飛行場の危険性や各基地における尋常ではない騒音等に悩む沖縄。
 3つには、過去の戦争の傷跡や心の傷をいまだ真近かに感じる沖縄。
この3つの沖縄の顔を見ながら、諸問題の解決のために努力することの難しさを感じつつも、決して看過することのできない現実をしっかり直視しなければならないと思いました。 

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餅つき大会

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        1月22日 愛媛県篠原県議主催餅つき大会に出席いたしました。

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2006年1月23日 (月)

太陽石油タンク火災

 今日午前中に、先般117日に地元愛媛県今治市の太陽石油四国事業所原油貯蔵タンクで発生した火災現場を視察し、河野所長から状況説明を受けてきました。

この事故により、5人の方が犠牲となられ、2人が負傷されましたが、何ともいたましく、心からご冥福をお祈りし、お見舞いを申し上げます。

この事故は、定期検査のための原油抜き取り作業中に何らかの原因により残油に引火したものと見られますが、現在その出火原因を調査中とのこと、二度とこのような事故が起こらないよう、再発防止に全力で取り組むことを要望してきました。

それにしても、117日この日は11年前、阪神淡路大震災が起こった日でもあります。

今、日本において一番求められている国民の安心、安全が各方面において揺らぎはじめている昨今、政治はしっかりと国民の信頼を取り戻す諸政策を着実に実行していかなければならないと思う次第です。

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第164回 通常国会

 1月20日 いよいよ 第164回通常国会が150日間の会期をもって開会しました。
今国会においては、平成17年度補正予算案・平成18年度予算案等の審議に加え、小泉改革の総仕上げとして 改革を加速させる諸施策や皇室典範改正及び中国・韓国との関係改善を含めたアジア外交の方針さらには、アメリカからの牛肉輸入問題やライブドア問題等々について 幅広く、奥深い国会論議がなされることになります。
 私も今国会で所属している 総務委員会(理事)・沖縄及び北方問題に関する特別委員会・決算委員会そして憲法調査会において様々な角度からの質問戦に意欲的に参加していこうと思っています。
 特に、総務委員会においては、地方分権に向けての地方自立策やNHK改革について、沖北委員会においては、米軍再編に関連して沖縄の負担軽減のための普天間基地移転問題等について、決算委員会においては、ODA政府開発援助の適正化について、憲法調査会においては、国民投票法案制定に向けての諸準備について、などを中心として 大いに与野党間で論争が行われる予定ですので、是非 皆様のご意見もお聞かせ願いたいものです。
 そして、今国会が終了すると同時にポスト小泉に向けての自民党総裁選が「格差社会」 「アジア外交」「財政再建」などを争点に 本格スタートすることになります。一時も目を離すことのできない局面が続きますが、より活力のある自民党・改革を加速していく自民党・国民の信頼を得ることのできる自民党のリーダーを私達の手でしっかり選ぼうではありませんか。 

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2006年1月20日 (金)

アフリカ事情報告ⅩⅢ(南アフリカ2)

 いよいよ今回の視察も終盤を迎え、11月18日にはさらにレソト王国を訪問し、レツィエ3世国王との謁見や政府要人との会談を予定しておりましたが、私達参議院議員新人四人組(河合・水落・秋元・山本)は、矢野団長から離れることを許され、今回のアフリカ視察において初めて一泊二日のケープタウンへの観光にでかけることができました。

 あの埃っぽいアンゴラから帰った直後だけに、まさに天国と地獄程の差を感じました。テーブルマウンテンと美しい街並みが続くケープタウンはアフリカ大陸からは想像もできないような、あたかもカナダや南フランス、ニュージーランドのリゾート地のような或いは日本の軽井沢のような印象を受けました。

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                      ケープポイントから喜望峰を望む

 さらにケープタウンの街から車で約1時間半、喜望峰をケープポイントから見下ろし、その壮観に酔いしれると同時に、風強く波荒いこの先の海岸にどれ位の船が立ち往生したのだろうかと想いを馳せました。

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                      喜望峰の先端(最南西端)

 

 
 また午後にはアパルトヘイトという政策によりマンデラや有力者が政治犯として幽閉されていたというロベン島の刑務所跡を見学し、当時自らも収監されていたというツアーガイドからその時の悲惨な思い出を語ってもらいました。

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         マンデラ元大統領が幽閉されていた部屋の中から

 南アフリカのアパルトヘイトが廃止されたのはそう遠い昔ではなく、いまだその当時の痛みが残り、その歪みも完全には解消されていない事実がロベン島に厳然として残っていましたが、そこに生棲する数万羽のアフリカ・ペンギンや海鳥がその傷を癒すかのようでした。

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            ロベン島に棲む数万羽のアフリカ・ペンギン

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          ロベン島からテーブルマウンテンを見る

 
 その夜はまさにワイキキかサンフランシスコのようなウォータフロントの大層立派なホテルに宿泊し、おいしい海鮮料理と南アのワインを楽しみ、まだ何一つ買っていなかったお土産の購入に奔走した次第です。

 翌日、朝一番でケープタウンに別れを告げ、ヨハネスブルグから香港を経由しまたまた長い時間をかけて、久しぶりに日本の土を踏むことができました。

 初めての本格的な対アフリカ外交の現場に身を置くことができた喜びと、この長い15日間の旅の中、観光らしき体験が最後にできたもののやはりアフリカらしい草原の中に立てなかった残念さと、矢野団長の強力なリーダーシップとアフリカへの同化体質のすごさ、仲間の議員団の間に芽生えた家族のような連帯感と・・・。

もろもろの思い出にひたりながら、私の今後の政治生活の中枢に、今回の経験を十分活かした外交分野での活動を据えようと思っています。

 今回の視察においてお世話になったすべての関係者に心から感謝しながら筆を置かせていただきます。

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2006年1月18日 (水)

第73回自由民主党大会

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        本日行われました第73回自民党大会に出席いたしました。

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アフリカ事情報告ⅩⅡ(南アフリカ1)

 11月17日、アンゴラから南アフリカのヨハネスブルグへ帰り、いよいよこの旅の大詰めを迎えることになりました。今回の旅では、ヨハネスブルグを起点として各国訪問をすることになったため、南アフリカをじっくりと視察することができませんでした。IMG_0077 

                    ホテルの部屋から見たヨハネスブルグ

 

 ヨハネスブルグは、アフリカ大陸とは思えないような近代的な都市であり、丁度アメリカ合衆国のロサンゼルスのような都市景観を誇っていましたが、残念ながら治安は世界トップ級の悪さとなっており、一人歩きは厳禁、交差点に止まっている車すら強盗により襲われるとのことでした。もちろんひったくりなど当たり前とのこと。やはり アパルトヘイトの影響による社会の歪みが未だ多方面に表れているのでしょう。2010年の第19回サッカーワールドカップが開かれる頃迄には 治安の回復をしてほしいものです。

 さて、南アフリカは アフリカ最南端に位置し、面積は日本の約3.2倍、人口は4500万人の国であり、金・ダイヤモンド・白金等の希少金属の産出国として大きなシェアを占めています。その結果、サハラ以南アフリカ全体のGDPの約4割を占めるアフリカ最大の経済大国となり、アパルトヘイトを克服したマンデラ大統領に続き現在ムベキ大統領がアフリカ民族会議(ANC)の代表として二期目の民主政権を担当しているところです。ムベキ大統領は、南アフリカがアフリカのみならず、途上国のリーダーとして「南北の架け橋」たる役割を果たすと自認しており、アフリカ開発会議(TICAD)への積極的協力にも貢献されています。

 南アフリカでは、前述のとおり、我々の行動範囲をあまり広げることはできませんでしたが、矢野団長の友人や日本企業の人々と何度か会食し、多くの情報を得ることができました。その中で印象的だったことの一つに「南アはもはやアフリカではない」「南アはアフリカ諸国の中でかなり孤立している」との言葉でした。そこに南アフリカのAU諸国の中での微妙な立場を伺うことができ、その難局を乗り越えてこそAUのリーダーたりうると思いました。

 また、南アフリカで活躍する日本企業関係者からは、「日本はアフリカ諸国への民間企業の進出に消極的である。他国のように政府が先頭に立って民間企業を引きつれ、懸案事項解決のため一緒に努力する姿があまり見られない。従って我々も政府なり、大使館をあてにしなくなる。官民癒着を恐れるあまり、官民協力によるアフリカへのステータスアップが図られず、その外交戦略の貧困により中国の後塵を拝しているのではないか」という極めて厳しい意見がありました。また、別の邦人からは、「中国は大変したたかな外交戦略と援助体制を整えているが、中国には中国の、日本には日本のアフリカ支援に対する役割がある。その役割を互いに補完することがアフリカ諸国にとっては最も重要でり、両国が遠きアフリカにおいて協力しあうことが、靖国問題等々で冷えている日中両国の本国同士の関係改善につながるという逆転の発想も必要ではないか」という積極的かつ先見性のある意見も聞くことができました。

 いずれにしてもアパルトヘイトを廃止し、今後AUのリーダーとしてその役割を果たそうとする南アフリカの今後の発展と日本外交の長期的戦略に基づいたODAや経済協力の成功を祈るのみであります。

アフリカ事情報告ⅩⅢ(南アフリカ2)へ

アフリカ事情報告Ⅺ(アンゴラ3)へ

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2006年1月16日 (月)

アフリカ事情報告ⅩⅠ(アンゴラ3)

現在のアンゴラのインフレは凄まじく、地価及び家賃の上昇は尋常ではなく、石油依存型経済からの脱却も求められています。加えて多額の復興資金を必要としていますが、100億ドル近い対外債務を抱えているため、IMFとの交渉も思うように進まない状況です。IMG_0124 

                      モラエスト大蔵大臣

 このようなアンゴラに対して日本の支援の形は、単に中国の如くハード面に対する資金援助をするだけにとどまらず、円借款に加え、農林水産業・製造業の振興のための技術支援や、民間投資の促進そして何よりも人的資質向上のための教育支援をめざし、日本独自の支援体制の確立が急がれると感じたところです。また、今後のアンゴラの発展のためには、石油をはじめ豊富な資源や食糧自給が十分可能な程の肥沃な土地の存在は欠くことの出来ない背景となるでしょうが、そのこと事態が、またまたアンゴラの急激な経済成長の裏側にひそむ貧富の格差の増大等社会の歪みを産み出す要因となる危険性にも留意しなければならないと思いました。IMG_0133 


            新装になったジョシナ・マシェル病院にて(秋元議員と)



 

 翌朝、矢野団長の提言により先般立派に竣工したジョシナ・マシェル病院を視察し、ヴェローゾ保健大臣、病院長、その他大勢の関係者同席のもと意見交換をしました。この病院は、アンゴラにおける最大規模の無償資金協力案件(40億円)であり、580床の第3次医療が可能なトップレベルの病院としての役割を担う事が期待されているところです。今後ハードだけにとどまらず、ソフト面での技術協力が重要になると考えられます。IMG_0138 

              病院内施設の視察 

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         ヴェローゾ保健大臣及び病院内関係者

 

 その後、ドス・サントス大統領(1979年から現在まで就任)を表敬訪問して様々な意見交換をした後、再びヨハネスブルグへと空路飛び立ちました。IMG_0145

                アンゴラ大統領官邸前にて

 

 

《こぼれ話⑪》

アンゴラ二日目の夜は、ダイヤモンド会社の迎賓館の豪華な前庭においてIMG_0126 

                     アンゴラ夜の屋外パーティー

 

 アンゴラ議会有志による懇親会が開催されました。アフリカらしい音楽と、エネルギッシュな踊り、そしてアンゴラにいるとは思えない程の素晴らしい料理に舌づつみを打ったのではありますが・・・。IMG_0130  

                      パーティー会場(歌)IMG_0127

                      パーティー会場(音楽)

 

何せ、マラリア危険度の極めて高い土地柄、どこにマラリア原虫を持つハマダラ蚊がいるとも限らず、夜間飛び回るという話に身の危険を感じながら、屋外のパーティに渋々臨んだ次第です。

メンバーのほとんどが、全身防虫スプレーを肌が荒れそうになるくらいふりかけ、それに納得できない我々は、背広の上からくつ下の上から、スプレーかけまくり。そのせいあってか、私と秋元議員の間に席を与えられたある人物の頭の上には、私達に寄りつけない多くの蚊たちが舞い回っていました。彼は一体どうなったのであろうか?

 

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2006年1月14日 (土)

アフリカ事情報告Ⅹ(アンゴラ2)

私たちは、日本として大変重要な問題点をアンゴラで再認識しました。それは、アンゴラだけでなく、タンザニア、マダガスカル、ナミビアでも同様の状況でしたが、アフリカ諸国における中国の支援増加と、そのことによる影響力の増大ということです。

 ルアンダの街は、内戦による荒廃でスラム化した状態であり、大勢の難民が故郷に帰ることが出来ず、実質失業率は40%ともいわれる程の状況にあります。しかし、市内の要所要所に立派な大統領府・市庁舎や駅舎等々が建設されており、その建物は中国の無償援助ないしは低利借款によるものとのことでした。日本からいまだODAの恩恵にあずかっている中国がアンゴラ一ヶ国に対してさえ約20億ドルという低利借款をし、アンゴラ人の目に見える形での支援をしているという事実。このことは、まさに中国がアフリカ大陸の豊富な資源に狙いを定めてアンゴラ政府関係者を壊柔している証しと見ることができます。IMG_0118

                      ミランダ外務大臣

 


 事実、ナイジェリアに次いでアフリカ大陸第2の産油量を誇るアンゴラの石油は、その半分以上の権利を中国が占有しています。さらに、中国の低利借款によるインフラ整備において、中国から数多くの労働者を引き連れて来ての工事は、まさにアンゴラ国内の失業者対策とはならず中国国内の失業者の対策になっているとの感が否めませんでした。中国のしたたかな外交戦略とでもいえるのでしょうか。

 日本は、アンゴラに対して04年度までに約270億円の無償資金協力を実施し、アメリカに次ぐメジャードナー国でありながら、石油一滴の権利すら有していないことにその対応の遅さと外交戦略の欠落を思うところです。

 それにしても、アフリカ諸国への影響力を強めた中国が、今回の国連改革に関し、日本の安保理常任理事国入りに対してマスコミの報道どおり、アフリカ各国へ反対の根回しをしていたことを各国首脳の言葉から聞き及んだことは極めて残念でした。

靖国問題をはじめ、日中間に様々の問題が噴出している昨今ですが、近隣国として、また東アジアの同胞としてその関係改善に努めなければならないと同時に、一方では日本国自体の外交のあり方も改めて見つめ直す必要があると感じました。

 尚、アシス大統領特別補佐官とは、アンゴラの石油に関連して、日本企業の石油採掘への参加、あるいは日本への石油の輸出等について今後日本の対アンゴラ支援策も含めて議論し、ドスサントス大統領へその内容を確実に伝えるとの言質を得たところです。

 

《こぼれ話⑩》

テレビでのサッカー観戦を終え、外相との昼食会を終えた後、小渕優子・秋元司議員と共に、アフリカ最大の闇市、ロッケイサンティロへ出向きました。IMG_0119  

          アフリカ最大の闇市「ロッケイサンティロ」

 

見渡す限りテント張りの露店がおそらく何万、何十万とひしめいており、その光景にアフリカの強烈なエネルギーを感じると共に、心身ともに圧倒されてしまいました。きっとどんな物でも売っているのだろうと想像できますが、残念ながらバスを降りて買い物をすることは、治安上の問題で許されませんでした。

その闇市に隣接するスラム街、この裏側は何の倫理観もない程のゴミの山、そこで遊ぶこども達。その先の湾岸には、アフリカのリビエラと呼ばれる程の風光明眉な都市であったにもかかわらず、ゴミの捨て放題の海岸となっている状態。いやはや アンゴラ・ルアンダの不衛生な都市環境にただ驚くと共に、今後の対応が急がれると感じました。

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2006年1月12日 (木)

沖縄・台湾・フィリピン視察

 1月11日から17日まで沖・北特別委員会およびAPPU代表団の一員として沖縄県と続いて台湾・フィリピンを訪問します。
沖縄ではキャンフ゜シュワブや普天間基地などの視察をして基地問題や沖縄振興策についての議論を深め、台湾フィリピン両国では日本との諸問題解決と友好促進のために議員間交流を進めてきたいと思っています。
現在沖縄視察中ですが、改めてその内容をご報告させていただきます。

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アフリカ事情報告Ⅸ(アンゴラ1)

 11月15日、ナミビアのウィントフック空港からアンゴラに向けて空路約2時間半、首都ルアンダ上空から眺めた街の印象は、その後市内を車で視察した印象と全く変わるものではなく、どこまでも続くスラム街や街に溢れる難民の人々、茶褐色の埃っぽい町、まさに最貧国の一つであり、内戦に悩まされ続けたアンゴラそのものでした。

 アンゴラは、人口1400万人 面積は日本の3.3倍でポルトガルから1975年に独立し、ナミビアの北に位置する共和国であり、石油・ダイヤモンド等の鉱物資源に恵まれ、農業、漁業等の潜在能力も高い国です。従って、将来的にはアフリカ諸国の中で数少ない自立可能な国の一つと見られていますが、長年の内戦(19752002年)により国内インフラは荒廃し、経済は疲弊している状況です。現在2006年に行われる予定の大統領選挙が適正に実施されるか否かが、アンゴラ内戦終結後の民主化を裏付けるものと注目されているところです。

 到着の夜は、大使公邸にロウレンソ国会議長代理、ジュニオール官房長官、アシス大統領特別補佐官、ジョルジ元外務大臣他アンゴラ政府要人と、在留邦人を招いての柴田大使夫人の手料理によるパーティーが開催されました。その場での意見交換の一つは、翌日のピトラネト雇用・社会保障大臣やミランダ外務大臣、モラエス大蔵大臣との会談内容にも相通ずるところがありましたが、アンゴラの現在抱える問題点である、内戦の結果として残った地雷の処理対策についてでした。

 政府軍とUNITA(アンゴラ全面独立民族同盟)との激しい戦いの終結はアンゴラに平和をもたらしました。しかし一方では、国内の要所要所に双方が数知れぬ程の地雷を埋めており、その結果として、①本来5060万都市の首都ルアンダの人口が350万人になる程増加した戦争難民達が、地雷の除去が未だ進んでいないため自分の故郷に帰ることができず、失業状態にある。②道路整備を含む様々な社会資本整備も地雷除去スピードが上がらないため思うように進まない。③町中に片足がなかったり、義足をつけている人々が数多く見られ、地雷による誠に悲惨な光景が見られる。などの状況が惹起されていました。IMG_0123 

                      ピトラネスト雇用・社会保障大臣

 

 現在、日本も地雷除去に対する支援等を講じているものの、その多くは直接地雷除去をしているイギリスのNGOへの資金援助とのこと、これでは残念ながら折角援助しても日本の顔があまり見えないということになり、その成果がODAの結果として表れないとの指摘がメンバーの多くから出されました。

やはり、今後の地雷除去に対する日本の支援のあり方としては、国連に所属している多くの日本人や青年海外協力隊員と連携を密にして、共に汗を流すシステムの構築や地雷除去機材の供与による処理能力の向上策、そして最悪の場合でも日本の技術を駆使した義足の提供等々を積極的にすすめていくことに重きを置くべきと感じたところです。なお、日本からの地雷除去機材の供与に関してはINAD(国立地雷除去院)の実績や経験に裏打ちされた管理能力に若干の不安があるため、支援が有効に活用されるための人的能力向上策を検討しなければならないとのことでした。

 

《こぼれ話⑨》

アンゴラ滞在二日目の昼食前後、アンゴラ政府から提供していただいた送迎車の中でラジオ放送が流れ、アナウンサーが絶叫口調で、ヤポン・アンゴラ・ナカタ・ナカムラの連呼。そして、昼食時のレストランでは、たまたまテレビが放映されておりその画面にはキリンカップ日本対アンゴラのサッカー生中継が放映されていました。11名×222名の動きが、テレビ受像機の不具合により二重になって44名の選手の動きとなり、大変見づらい状態でありましたが、まさに日本対アンゴラの国立競技場におけるサッカーの生中継を何と敵地アンゴラで見ることになるとは・・・。

日本のロスタイムでの得点に昼食を共にしたミランダ外相の落胆ぶりと、柴田大使の喜びようが対照的でしたが、本当に偶然かつ珍しい体験をしたものです。

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2006年1月10日 (火)

アフリカ事情報告Ⅷ(ナミビア2)

 午後からは、ナミビアからの研修員として来日し、現在は帰国しているJICA帰国研修員同窓会メンバーとの昼食会があり、その後、ポハンバ大統領と約1時間余り会談しました。
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           ポハンバ大統領及び政府要人との会談

 その時に大統領からは、全く資源のない日本が大いなる発展を遂げたことに驚きの意が表されると共に、今後円借款による道路建設や日本企業とのJVによる開発が進展することを期待し、鉱工業や観光分野への専門家の派遣を依頼されました。さらに、アフリカの平和と繁栄のために最大限の努力を払わなければならないが、不幸なことにコンゴやスーダンのように資源が豊富な国ほど必ず紛争に巻き込まれてしまう点を指摘し、AU(アフリカ連合)各国首脳がアフリカの平和のために話し合いを重ねている旨の話がありました。IMG_0091 

                           ポハンバ大統領

 

 特にこのことに関連して、大統領から熱心に国連改革についての問題提起がありました。私達の訪問目的の中心の一つもこの国連改革、特に安保理常任理事国入りに関してのアフリカ諸国との話し合いにあり、今回訪問した各国大統領、外務大臣とも様々な議論をしてきたところでした。ポハンバ大統領は、今の国連があまりにもアフリカ53ヶ国の声が反映されない極めて非民主主義的な組織であると指摘し、G4AUの国連改革案は極めて近いものであるが故に、21世紀中に解決できるとの見通しを示されました。但し、AUの考え方は、新しい安保理常任理事国が、他の常任理事国と同様に拒否権を持つことを当然の権利とみなし、15年間拒否権を凍結して様子を見ようとする日本を含めたG4側の考え方は理解できないとのことでした。

 アフリカ諸国は長年にわたり、欧州各国に統治され、様々の困難を克服して独立し、新たなる発展をめざそうとしている若い国々であるが故に、「人口の多いアジアに常任理事国がたった1ヶ国、南米やアフリカに1ヶ国もないというのは大変おかしい」

「新たに参画しようとするアフリカの常任理事国に拒否権がないのは明らかな差別である」という意見はアフリカ諸国民の心に根ざした雄叫びの如く感じられました。

「拒否権自体の解消を図ることこそ、本当の意味での差別なき国連改革である」という理想の旗は、現実の厳しさがあれども降ろすべきではないとの考え方もまた傾聴に値するものと思いました。

 

《こぼれ話⑦》

 日本が草の根無償資金協力で建設した「ヒムムイン小学校」を訪問しました。IMG_0099 
                          ヒムムイン小学校

 

 小学校訪問はマダガスカルの「アカニサンバチャ小学校」に続いて2校目の視察です。マダガスカルの小学校では子ども達の授業風景を参観しましたが、ここナミビアの小学校では、学校校舎の前で数十人の子ども達が日本の「日の丸」を振り、歌を歌って出迎えてくれ、その後、小さな中庭に1000人を超える生徒が集合して私達を歓迎してくれました。IMG_0100 

             小学校の子供達のお出迎え 


IMG_0101

                        中庭にこども達集合! 

 

この小学校はアパルトヘイトにより黒人を一カ所に集合させて管理していた地区にあり、その卒業生の多くはナミビア独立への闘士や政府要人として活躍しており、その歴史的背景により、来年国家遺産として登録される予定と聞き及びました。それにしても制服を身につけた大勢の子ども達の目は興味深さからかランランと輝き、恐らくは珍しい日本人が訪問し一緒に時を過ごしたことが、彼らの日本に対する意識の新たなる芽生えとなり、きっと忘れ難き思い出として残るであろうし、また残ってほしいと思いました。このことは、単に新築した小学校に日の丸を掲げ日本からのODAによって完成したと鼓舞するよりも、もっと大切なことかもしれません。

加えて、この子ども達が将来貧困から脱却し、エイズ撲滅のための正確な教育を受け、ナミビアの国の担い手として大きく育つための日本からの教育上の援助こそ、ハード面での援助以上に大切であると子どもの純粋な瞳をみながら思いました。

 

《こぼれ話⑧》

ナミビアは、ダイヤモンドの生産国、恐らくは安く購入できるであろうと思いながら、世界No.1のダイヤモンド製造会社に行くも、ルーペで原石の仕分け作業をするなんともうっとうしい工程を観るだけに留まりました。ダイヤモンドの値段はすべてイギリスにおいて決定され、ここのダイヤモンド自身も一旦イギリスへ渡り、その後逆輸入されてナミビアの宝石店に並ぶとか。

まぁ私には全く関係のないつまりその結果、私の妻にも全く関係のない話とはなりましたが・・・。

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2006年1月 7日 (土)

アフリカ事情報告Ⅶ(ナミビア1)

 マダガスカルのアンタナナリヴから南アのヨハネスブルグへ夕刻入り、そして翌日11月13日午前、次の訪問国ナミビアへ出発しました。

 ナミビアは人口約200万人、日本の約2.2倍の面積を有し、アフリカの南西部に位置する半砂漠国であり、ドイツの保護領、南アの委任統治領をへて、1990年独立を果した国です。ダイヤモンド、ウラン、亜鉛等の鉱物資源や水産資源に富み、国民一人あたりのGNP2370ドルとアフリカの中では比較的恵まれた国の一つであり、最も民主的な憲法をもつ国でもありますが、やはりエイズ感染率22%という大きな問題を抱えています。

 そのような国ナミビアの首都ウィントフックは砂漠の中のオアシスの如きドイツ風の魅力的な街並みを誇っており、「まわりに何もない砂漠のど真中の空港に降り立ってしまった」という最初の印象とは大きく異なるところでした。

到着当日、ナミビア在留邦人との夕食会を終えて、ゴルフ場に隣接し、野外プールやカジノを併設するまさにハワイかどこかのリゾート地をほうふつとさせる様なアフリカらしくないホテルに投宿しました。IMG_0089

         我々が宿泊したホテルとその中庭の一部

 翌日、ナミビアのアングラ首相、及びサラ財務大臣、アングラ経済担当大臣、ハウシク外務大臣と会談しましたが、その席上ナミビアの今抱える大きな問題点が議題に上りました。IMG_0086

                ナミビア・アングラ首相、サラ財務大臣(女性)他要人

それはナミビアの豊富な資源の存在故に生じたであろう所得格差すなわち貧富の差の拡大という現実です。一人あたりGNPは比較的高いものの、10%の白人の所得が8500ドルに対し他の国民の平均所得は420430ドルとなっており、そのことは、少数の者が土地を独占し、大部分の農民が土地を持たないか、零細経営を行っていることを意味しています。この経済の二重構造すなわち不平等を解決しない限り、最貧国としての援助対象にならない上に、大部分の貧困層の救済にも対応できないということになり、まさにナミビアの政治上の最大の課題となっています。

もちろん、この所得格差は、都市部と農村の間でも大きく、ナミビア北部の農村地帯の惨状は大変厳しいものと聞き及びました。私はナミビアの貧困撲滅のためには単に日本からの無償援助にたよるのではなく、ナミビア自身が国民の所得格差是正のための政策を明確に打ち出す必要性を指摘させて頂きました。たとえば、戦後日本経済の発展と個人所得増大の背景の一つとして、財閥解体や農地解放という自らの血を流す程の大改革を進めたという歴史的事実を参考にせよということです。

ところがナミビアにおいては、もう既に土地の再配分計画が立案され、「土地収用政策」が発表されていました。この政策は、アパルトヘイトの影響を受けたが故に一部白人の所有するようになった優良農地を売却するよう促し、場合によっては強制収用もかけながら、貧しい農家へ再分配していくものです。しかしながら、この政策の進捗状況はさほど順調とは言えず、さらに政府買い入れ価格が基本的には市場価格によるため、土地の価格が高騰する嫌いがあるとのことでした。そこで日本として今後のナミビアの援助に関しては、この経済的二重構造解消のため、低所得者層が多く従事している農業の生産性向上を支援し、彼らへの直接的な支援として草の根無償資金協力を検討すると共に、円借款の有効活用もあわせ検討する必要があると思った次第であります。

《こぼれ話⑥》

アフリカを訪問してもう一週間余り、いまだアフリカの大草原やライオン・象・シマウマ等々の動物に会うこともなく精力的に各国要人と会談を続ける私達は、若干のストレスも感じていました。そんな時、ナミビアのオカプカ・ランチにてミニ・サファリ約1時間のコースを体験することができ、残念ながら草食動物のサイやキリン・スプリングドッグやヌウの小さい群にしか出会うことができませんでしたが、「それでもまぁサファリだ」と無理矢理納得した自分でした。次回アフリカに来る時は、アフリカらしい動物やタンザニアのキリマンジャロ、大草原に沈む夕日を是非とも見たいものだと数名が固く誓い合いました。IMG_0084

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            オカプカ・ランチミニサファリ                           

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2006年1月 5日 (木)

アフリカ事情報告Ⅵ(マダガスカル3)

IMG_0073                      専用ヘリで穀倉地帯を視察

 翌朝、大統領は急遽同行できなくなったものの、私と水落議員とが農林畜産水産省の次官の案内によりアンタナナリヴの北東約200㎞アロチャ湖周辺のアンバトラザカへ視察に出かけました。ヘリで約40分、到着後村長の案内により、FoFiFa国立研究センター、人材育成センター、畜産センター等を視察しました。建物だけが新築され、内味は何も無く、まさに日本の援助を期待して敢えて案内されたのかどうか、全く意味不明でした。IMG_0070

           中がからっぽの新しい人材教育センター

 その後、ヘリで穀倉地帯全域約10haを上空から眺望し、種子センターを訪問しました。そこでは水田農業の実証試験や牛の胃液を利用した堆肥の研究、そして種子の開発等々の研究が行われていました。ここでもやはり、不十分な土地改良と土壌改良、そしてすさまじい密植など基本的な農業技術の不足が私のような門外漢が見ても明らかな程でした。また、その種子センターには、稼働していない田植え機などヤンマーやクボタの農機具が埃をかぶっていました。

 まさにODAの問題点の1つ、すなわち、日本の素晴らしい農業機械が提供されているものの、一旦故障した際、その修理技術や部品の欠如により折角貢献しだした機械が、その能力を発揮することもなくまだまだ新品の状態のまま倉庫に眠ってしまうという現状が散見されました。ODAの成果が相手国に十分発揮できているか否かの検証をしっかりとすることが大切であることを改めて痛感した次第です。でなければ我が国の経済財政状況厳しき折柄、ODAの必要性に対する国民の厳しい批判を受けとめることはできず、納得して頂くことは難しいでしょう。加えて マダガスカル稲作農業においては、田植機や刈り取り機などの高レベルな農業機械の提供よりも、もっと基本的な機械、たとえばトラクターや灌漑用水路堀削用機械がまず必要と認識しました。

 いずれにしても、マダガスカル農業振興担当議員としては外務省・農水省他と連携して今後のマダガスカル農業の発展のために何か一つの成果を出したいものだと願っています。

《こぼれ話⑤》

アンタナナリヴにてJOCV活動サイトの「チンバザザ動植物園」を視察する機会を得て、そこでサルの飼育(キツネざるetc)をしている田中ちひろ隊員の案内のもと約1時間園内を散策しました。そこでは夜行性の猿らしくない猿、歌でおなじみのアイアイを無理矢理ハチミツやバナナその他の食事の匂いで起こし、ラッキーにも素晴らしいシャッターチャンスに恵まれました。この旅の中では、本当に数少ない憩いの一時でした。IMG_0064

                          歌でおなじみのアイアイ

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アフリカ事情報告Ⅴ(マダガスカル2)

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2006年1月 3日 (火)

アフリカ事情報告Ⅴ(マダガスカル2)

 翌日、吉原大使からの簡単なレクを受けた後、ラヴァルマナナ大統領と大統領私邸から公邸へと場所を移しての会談に臨みました。マダガスカルにおける産業はその大部分を農業特に稲作が占め、米の消費量は年300t、その内1割程度は輸入しなければならない現況です。従って日本に対しては大統領からマダガスカルが23年後に米の輸出国になれるよう、農業技術指導や灌漑用水の整備、農業機械の導入等々の援助依頼がありました。そのことが、最貧国マダガスカル(1人あたりGNP290ドル)の貧困からの脱却へとつながることは間違いありません。

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