奄美群島へ行ってきた② 奄美大島編
6月30日朝8時15分羽田発の飛行機で出発し、奄美空港に到着したのが10時35分。約2時間20分の快適なフライトで初めての訪問となる奄美大島へ足を踏み入れました。
東京では まだ真夏という実感をしていない時でしたが、到着後の奄美大島はムーンとした蒸し暑さを体感する夏本番という状況でした。
到着後、奄美の自然・歴史・文化を映像や展示で紹介する「奄美の郷」と、奄美の自然を描き続けた日本画家 田中一村の作品と紹介する「田中一村記念美術館」の二施設を中核とする奄美パークを訪問しました。
この施設は 旧の空港跡地に建設された鹿児島県の施設であり、奄美群島の観光振興の拠点施設となっているとのことです。
その後楽しみの昼食会場へと足を運びました。
「鶏飯(けいはん)」
丁度 田舎のお寿司の上に乗せる具 あるいは そうめんに一緒に出てくる具、すなわち金糸玉子・しいたけ・ねぎ・のり・みかんの皮のすり身などに加え、千切りのようにむしり取った鶏肉を熱々のご飯の上に乗せ、鶏肉をじっくりと煮込んだ特製の出し汁をかけて、お茶漬けのごとく食べるのが鶏飯です。
天皇・皇后両陛下も食され、美智子さまがおかわりをされたというエピソードがある位、本当に美味なるものでした。
ここでは、亜熱帯植物等の自然に囲まれた庭園の中、白い絹糸が泥染めやデザイン・加工・手織の工程をへて大島紬へと仕上がっていく全てを見学体験することのできる施設です。
しっとりと光沢を放ち、その着心地のよさと絹すれの音は日本人女性の永遠の憧れと言われています。
この素晴らしい伝統ある着物の枝は、気の遠くなる程の細微な手作業の成し得るところであり、それだけに極めて高価で、ブラック・ジュエリー(黒い宝石)とも呼ばれているところです。
この大島紬が危急存亡のときに遭遇しています。
他地域の伝統産業の衰退と同じように、奄美地方の経済基盤を担ってきたこの産業の地盤沈下が著しく、往時の1割以下の売り上げ高まで落ち込んでしまっているとのことでした。
日本人の女性の心が変わってしまったのでしょうか?
何としても大島紬を守らなければならないとの気持ちから、反物を購入しようかとも思いましたが、とても手が出ることにはなりませんでした。
ちなみに、大島紬の扇子と名刺入れ・帽子を買うにとどまりました。
続いて、黒糖焼酎を生産している奄美大島酒造を見学し、黒潮の森とよばれているマングローブの群生地や海の資源(海水や海藻)を活用して健康と幸せをめざす自然療法タラソテラピーの拠点施設「タラソ奄美の竜宮」の視察をして夕刻ホテルに入りました。
タラソ奄美の竜宮
<追>
①奄美大島の南西側に何と瀬戸内町という名の町があり、その周辺に愛媛県今治市の郷土料理いぎすどうふ(海草をつかったモノ)と同じような いぎす料理があったことに驚くと同時に、その関係をいろいろ想像してみました。
②夕食では、郷土料理の塩豚と豚足に舌鼓みを打ちましたが、その後毛ガニが出てきたのには驚きました。
もちろん北海道も奄美大島も海でつながっていることは間違いない訳ですが・・・。
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