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2011年9月14日 (水)

ミクロネシアを訪ねて その①

  

 9月6日、APPU(アジア・太平洋議員連合)第42回総会に出席

するためにグァム経由ミクロネシア・ポンペイ島(ポナペ島)へ向か

う。  

 APPUに参加する国は21ヶ国・地域、その内毎年約10ヶ国前後

の国々が参加して総会が開催されている。

  

   今回は日本を含め7ヶ国の参加にとどまったが、私はAPPU日

議員団(麻生太郎団長)の代表として、外務省職員と二人でミク

ネシアを訪れることになった。

                       ↓ オーシャン・ビューホテルから湾を望む  

Img_1040_3   昨年は日本で、一昨年は

台湾で総会が開催され、多く

の日本人メンバーも参加して

くれたが、今回は日程の都合

もあり、日本議員団の事務局

長をつとめている私が立場

上一人ぽっちで参加した次

第である。                  

  

 さて初日はコンチネンタル航空の旅客機で成田から出発し、グァ

ムに夜遅く到着した。         ↓ グァムのホテルからの眺望Img_1031

  

 久々のグァムだけに、宿泊

先の日航ホテルで半日でも

のんびりしたいと思いつつ、

翌日午前の便でチューク島

(トラック島)経由ポンペイ島

(ポナペ島)をめざさなければならなかった。残念・・・

              

 成田からグァムまで空路約3時間半、グァムからポンペイ島まで

も同じく約3時間半の空の旅である。

                      ↓ 島々をとりまく環礁(上空から)  

Img_1134  ミクロネシア連邦は赤道上

のカロリン諸島に属し、西側

から ヤップ、チューク、ポン

ペイ、コスラエの4島(4州)で

構成され、人口約10万人、

首都はポンペイ州パリキール

で、島の数は607、内有人

島は65、環礁に囲まれた太平洋ど真ん中の国である。

  

 19世紀にはスペイン、続いてドイツにより統治されていたが、第

1次世界大戦時 日本が無血占領して委任統治領となり、第2次

大戦終了まで 南洋諸島として統治されていた。

  

 戦後、アメリカが国連信託統治地域として支配し、現在アメリカ

の自治領から自由連合となって国連加盟国となっている。

  

 太平洋戦争中、日本が当時のトラック島(チューク島)に主要基

地を置いたため 日本軍のみならず地元住民にも大きな被害を及

ぼす結果となったが、当時の日本軍と島民との関係は良好であ

り、その後日系人も多く在住しており、日本との関係は極めて良好

である。

  

 その辺のいきさつは産経新聞につい最近まで連載されていた将

口泰浩氏の『ダン吉ー南海に駆けた男ー』に詳しく紹介されてい

る。

                     ↓ ミクロネシア・ポンペイ 初日 カフェにて  

Img_1037_2  尚、森喜朗元総理のご尊

父 故森茂喜氏も当時歩兵

76連隊第三隊長としてトラッ

ク島に配属されていたとのこ

と、森先生のミクロネシアに

対する思い入れは相当なも

のである。(後述アリ)

  

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