さて続いて陸前高田市から約30分、宮城県気仙沼市に向かい
ました。
ここでは地元選出の衆議院議員小野寺議員の先導をいただき
ました。
彼自身、ご家族に犠牲はなかったものの、家も車も後援会事務
所もすべて流されてしまったとのことです。
↓残骸となった水産加工施設
ここ気仙沼の被災の模様
もテレビの映像で何度も見ま
したが、実際に津波に襲わ
れ、火災が起きた場所を視
察しました。
陸前高田市と違い気仙沼
は まだまだガレキ処理が大変遅れており、復興どころか復旧す
らメドが立たずといった状況です。
↓道路は浸水対策でカサ上げ
その理由としては、地盤沈
下により満潮時には旧市街
地や漁協周辺が浸水し、土
地のカサ上げのメドが立って
いないこと、また、水産関連
施設や銀行等が廃墟のまま
にされていましたが、資本金
1億円以上の企業は自己資金によりガレキの解体・撤去を行う
べしとの方針により、未だ手つかずの状態にならざるをえない
こと。
等々があげられるとのことでした。
何か不条理を感じつつ、一刻も早い復旧・復興を願わずには
いられません。
気仙沼漁協の専務さんがおっしゃっていましたが、「地盤沈下
により土地もなければ、道路もない。予算あれども着工すらで
きない」
という嘆き節のままではいけません。
↓気仙沼の市街地に打ち上げられた大型船
水産業の95%が被災し、
被害額は元通りにするため
には約700億円、また出荷
額1000億円、労働人口約
4100名の水産加工業も、
現在出荷額0,労働人口0
の状態から早急に脱却でき
るよう、国も全力で取り組まなければならないと漁協を後にしな
がら痛切に感じたところです。
それでも 水産加工施設や冷蔵倉庫がないにも拘わらず、カ
ツオが水揚げされ始めており、氷詰めのカツオの入った発泡ス
チロールの箱が山積みされていた光景に若干の安堵感を覚え
ました。
↓菅原気仙沼市長と共に
その後 気仙沼市役所を訪
問し、菅原市長・加藤副市長
と面談しました。
市長からは、3次補正に計
上されている災害復興交付
金に期待し、区画整理事業
や道路整備をめざすつもりだが、この交付金による基幹事業や
効果促進事業がどこまで自由度の高いものであるのか心配し
ているとのことでした。
国と地元の協議を踏まえた上での復興計画・土地利用計画が
未完成のまま、集団移転等の土地利用計画を立てたが、現在
建築制限をかけている状況の中都市計画決定までにかなりの
時間を要するであろうことも危惧されていました。
それにしても、陸前高田市でも伺ったと同じような心配がこの
気仙沼でも聞かれたことが気にかかります。
それは、市民の勤労意欲の減退という点です。
被災者の皆さんの心が折れてしまわないうちに、失業保険の
問題点も併せ、十分な対応が今 求められています。
短時間の気仙沼滞在の後、一路再び一関駅へ。
約1時間半車で走り、東北新幹線はやてに乗って仙台へ、仙
台で乗り替えやまびこで郡山へ、続いて参議院の先輩議員で
ある岩城先生の手配による車でいわき市へ、長い旅の終点は
最近復活したスパリゾートハワイアンズでした。
まさかフラダンスを見る訳もありませんが到着したのは午後
8時頃。
岩城先生と会食の後、疲れ果てて眠りにつきました。
昨日の寝台列車の旅から本当に長い一日でした。
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