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2012年10月11日 (木)

問題意識、そして基調理念 ③

国民が憲法を作る重み

 もともと日本はこんな国ではなかった。小さい島国で、他国の大きな侵略を受けずに自立の道を歩んできて、国内では領地争いもしたし権力闘争もあり、自然災害にも見舞われ大変なことも多々あったが、個人の力、共同体の力で乗り越え、江戸・明治と引き継がれてきた。永い歴史・文化はまさに先人の知恵の塊である。国、国家、国民、そういったものが今成り立っていること自体がこれまで積み重ねてきた日本の歴史そのものである。

 そこには日本の風土とともにあって、通奏低音のように日本人の心に鳴り響いていた何がしかの価値観、規範意識、「こうありたいね」といった暗黙の了解があった。それが普段はムダと思われる付き合いをいざという時の共助にする役割も担っていた。そういう国家としての規範意識ともいうべきものが、日本という国では結構立派に育っていたのであろう。だから近代国家になる時も、ものの見事に対応できて、あっという間に先進国に踊り出ることができたのである。

 それがいつの間にか自立心を失い、他人や外国の目ばかり気にする国民になってしまった。多分、日本史上初めての敗戦、占領を体験し、主権を失う体験をして、日本人の自信を取り戻せないまま、日本人が培ってきた規範意識が歪められたまま、今に至っているからだろう。経済的には戦後を乗り越えたが、心は占領されたままにある。この状況を乗り越えるためにも憲法改正が大きな意味を持つ。

 近代国家として憲法が成文憲法である必要があるかないか議論の余地があるとしても、日本は明治になって憲法が作られ、今に至っているのだから、今さら憲法がない国には戻れないだろう。だとすれば、国民が自らの意志で日本という国はこう考えましょう、と過去の歴史を踏まえてきちんと明示しなければならない。

 現憲法の内容の良し悪し以前に、自国の憲法を自国民が作るという重要な意味をもつ手続きを経ていない。ましてや占領下において憲法が作られてはいけないという国際条約の定めがあるにも関わらず、占領下の憲法をそのまま押し戴いているところに日本の根本的欠陥がある。国民がこうした歴史の過程を十分認識せずに今日に至っている。まずはこうした事実を知った上で、どうあるべきかの議論が必要である。

 そこで、国を守る、自らを守るにはどうしたらいいか考える中で、例えば日本における米軍基地はどうするのか、自衛権はどうあるべきかという話が出てくる。それをきちんとした政策にしようと思えばいろいろな段階があって、一気に理想に走ればいいというわけではないが、いろいろな項目について一つひとつ原点に返って考えていくことが必要である。決められない、スピードが遅いと言われても、そこを飛ばしてはいけない。

 

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