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2012年10月12日 (金)

問題意識、そして基調理念 ④

日本の一次産業の重み

 こういった国の根幹に関わることは当然ながら、国家のあり方を考える時の価値判断として、安ければいいとか、効率至上主義とか、早ければいいといった価値基準から離れる必要があるだろう。地方は地方で心豊かに住めるための政策を作るべきだし、それが可能となる産業政策もやるべきだし、国家の予算の付け方もそういう方向へもっていくべきだろう。

 日本人がもっていた価値観を大事にして、そういうものを基調にした日本の国土における住まい方を工夫して過密・過疎を解消する方向へもっていく。そこで地方における産業を成り立たせようと思うと、やはり一次産業を根底から見直す必要があるだろう。

 日本はアジアモンスーン変動帯にあって脊梁山脈と裾野しかない極めて特徴的な国土を有する。地震、火山、土砂災害、洪水氾濫といった自然災害が宿命のようにある。その代わり沃土に恵まれて植物の生産性は高い。しかし、その生産のための維持管理には大変な労力と手間がかかる。日本の農林漁業は長い間、国土保全、自然保全をやりながら生産してきた。生産しながら国土保全、自然保全を維持してきたと言っても良い。だから共同体という共助の精神が醸成された。

 大災害を乗り越えてこられたのも、日本の農業、稲作の水田社会が築いた互助精神があったからだろうし、それが日本の祭り・行事になって引き継がれ、それが自然との共生にもつながり、先進国では例を見ない生き物の多様性、二次的自然を維持してきた。日本の農業の価値を米の価格だけで見ていたら、国土も日本のアイデンティティも脆弱になる。それをどう見るか、知恵を出し合って考えるべきだろう。

 林業も林業だけを考えて維持すべきものではない。大体、森林は地球を覆っていた二酸化炭素を固定し、代わりに酸素を排出し、オゾン層を作り、森林が内陸に広がって生物多様性を創出し、人類までをも出現させた。現在の地球環境は森林が地上を覆っていることにより維持されている。人類はそれを減らして都市を作り、何億年もかけて地下に埋めた二酸化炭素を地上に引っ張り出して地球温暖化問題を起こしている。これは本来、地球の歴史、森林の歴史に逆行する行為とも言える。

 とはいえ、熱帯雨林の減少問題とは違い、日本では戦後の植林により山は今、緑で満たされている。江戸時代のようなはげ山はどこにもない。今は間伐・除伐の時期である。そこで生産効率を上げて木材自給率50%を目指すと言うが、多くの困難な問題もある。森林は伐採しても再生する持続可能な資源・エネルギーである。ただ、森林は太陽エネルギーだけを資源とするので生産には時間がかかるし生産性も低い。林業が儲からないのは当たり前である。しかし森林は都市にきれいな水や空気を送ることができるのだから、都市は森林にお金を入れて当然という考えも成り立つ。こういった本質論からの議論も必要ではないか。 

 これは一つの例だが、いろいろな産業について見直し、地方が暮らせるようにすることを最大限工夫しなければならない。また、当面の大きな問題として、デフレからの脱却が必要である。これも国家の病気と言って良い。対症療法だけではなく原因治療もしていかないと解決しない大きな問題である。

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